2012年10月19日

オン。オフ。

坂東玉三郎さんと 檀れいさんの舞台を 観にいった。
「ふる あめりかに 袖は濡らさじ」
玉三郎さんは お園という 三味線弾きの芸者さん。檀さん演じる薄倖のヒロイン 亀遊と昔なじみ。 お喋りで、情があつくて、人間味ある役どころ。
恋が叶わないのを悲観して 亀遊は自害してしまうのだが、「アメリカ人の商人に身請けされるのを拒んで自害した 攘夷女郎」として祭り上げられてしまう。時代の移り変わりに 翻弄されながら、 生き抜いていく 亀遊をとりまく人々の姿が たくましく 図太く滑稽で おもしろかった。

いつの時代も人は自分の聞きたいように話を聞き、自分の観たいように世間を観たいのだ。

小さい頃から憧れていた玉三郎さんが
目の前で動いている。それだけで いかに 舞台から遠くても わたしには 鳥肌ものだった。
役どころの 玉三郎さんは
女形をこえて 女優。というか 一人の女、まさに「お園さん」だった。

歌舞伎や舞踊での花のような イメージがつよかったので なんだか 芝居中は玉三郎さんを観にきてる意識をわすれてしまうくらいだ。
一言でいうと イメージの中の玉三郎らしからぬほど 人間臭かったのだ。

しかし。しかし。

カーテンコールの時のこと。

舞台まんなかに一人 玉三郎さんがすわっている。
会場のすみずみに嫋やかに手をのべて
挨拶をする その姿をみたとき、
わたしはその日一番の、衝撃をうけた。

衣装もなにもかわっていないのに
まったく 佇まいが 異なっている。
玉三郎さん その人も。舞台の空間さえも。

この世のものとは思えない気品。
息を呑むほどの美しさ。

わたしは 玉三郎さんを観にきたんだ!という実感を瞬時に実感した。

誤解を恐れずいうと、この一瞬に巡り合えただけでも、 観にきた甲斐がある、それほどの この空気感。。

カーテンコールは 舞台でなく役者そのものの 顔が垣間見える瞬間で、
そう 、舞台と客席の距離が ぐっと近づく瞬間だとおもっていた。

ある意味 生身の玉三郎さんを垣間見た衝撃。

オフが 、オフこそが「坂東玉三郎」なのだ。

身震いするほどの 美意識の結晶。
存在感。
その瞬間に到達するまでの気の遠くなるほどの時間が見えた。

深い。なんて深いんだ。

オンとオフ。

image-20121019123953.png














posted by 浜崎直子 at 12:41| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
オンオフいい言葉です
Posted by at 2012年10月26日 21:40
わたくしもそう思います。
Posted by at 2012年11月11日 21:41
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