2012年10月26日

志の輔らくご。役者魂、そして いちどは やってみたいけど、、、。

赤坂ACTシアターに 立川志の輔さんの
志の輔らくご を観にいってきました。
今回は 中村仲蔵という 実在の歌舞伎役者のお話。
血筋が強い 歌舞伎の世界のなかで、
器の大きい役者との出会いがあり、才能を認めてもらい 厳しい階級を乗り越え、一流の役者となり、後の演劇、歌舞伎界に大きな影響をのこした 人物。

本当に面白い、胸を打つお話。

ま、あまり 全てを書いてしまっては もったいないから お話はこのくらいに♪

とにかく!主人公の心意気に胸うたれ、またもや 現実には 志の輔さん一人を舞台で観てるはずなのに 登場人物や 場面まで観てきたかのような この 余韻、いやむしろ残像。

落語をみているんだけど、 歌舞伎をみてきたかのような感覚です。

さいごに志の輔さんが なんども
「予定より また長くなってしまいました。」と、おっしゃっていたのだけど
面白いことに 、わたしは 一瞬もながい、とはおもわなかったんだよ。

当日、ガタイのいい 、座高もたかい、頭も大きめな おじさまが 目の前の席に一列陣取っていて、それを避けるために 最初は体勢をあーでもない、こーでもない、とウゴウゴしながら片目ずつで やっとこ 舞台をみていて 辟易していたのですが、しばらくすると まったく気にならなくなったのです。
現実的には 変わらず 前の列におじさまがたは 鎮座ましましているだけど、
もう私の目は、いや、脳には映らなかった。

そのかわりお話のなかの映像がまた 鮮明に残っているのです。

人間て、不思議ね。ほんとうに。

何を観るか、何を感じるか、で
まったく 違う空間にいることもできる。

そして

お話のなかで、 仲蔵の役作りのくだりでは すごく自然に大滝秀治さんのことが思い浮かんだ。役者魂。

そんな役者魂の見える瞬間に「よっ!!さかえ屋!」とか 「澤瀉屋!」
とか 言えたら 気持ちいいだろうなぁ。
ソレは大向こう、という 方々だけが許されてるらしいです。
(応援とかアイドルへ「きゃー!山P〜!」とか、そういう掛け声とは違うらしいですよん。)

うーん。
できるなら いつか 言ってみたいものだわ 。



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posted by 浜崎直子 at 07:35| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月19日

オン。オフ。

坂東玉三郎さんと 檀れいさんの舞台を 観にいった。
「ふる あめりかに 袖は濡らさじ」
玉三郎さんは お園という 三味線弾きの芸者さん。檀さん演じる薄倖のヒロイン 亀遊と昔なじみ。 お喋りで、情があつくて、人間味ある役どころ。
恋が叶わないのを悲観して 亀遊は自害してしまうのだが、「アメリカ人の商人に身請けされるのを拒んで自害した 攘夷女郎」として祭り上げられてしまう。時代の移り変わりに 翻弄されながら、 生き抜いていく 亀遊をとりまく人々の姿が たくましく 図太く滑稽で おもしろかった。

いつの時代も人は自分の聞きたいように話を聞き、自分の観たいように世間を観たいのだ。

小さい頃から憧れていた玉三郎さんが
目の前で動いている。それだけで いかに 舞台から遠くても わたしには 鳥肌ものだった。
役どころの 玉三郎さんは
女形をこえて 女優。というか 一人の女、まさに「お園さん」だった。

歌舞伎や舞踊での花のような イメージがつよかったので なんだか 芝居中は玉三郎さんを観にきてる意識をわすれてしまうくらいだ。
一言でいうと イメージの中の玉三郎らしからぬほど 人間臭かったのだ。

しかし。しかし。

カーテンコールの時のこと。

舞台まんなかに一人 玉三郎さんがすわっている。
会場のすみずみに嫋やかに手をのべて
挨拶をする その姿をみたとき、
わたしはその日一番の、衝撃をうけた。

衣装もなにもかわっていないのに
まったく 佇まいが 異なっている。
玉三郎さん その人も。舞台の空間さえも。

この世のものとは思えない気品。
息を呑むほどの美しさ。

わたしは 玉三郎さんを観にきたんだ!という実感を瞬時に実感した。

誤解を恐れずいうと、この一瞬に巡り合えただけでも、 観にきた甲斐がある、それほどの この空気感。。

カーテンコールは 舞台でなく役者そのものの 顔が垣間見える瞬間で、
そう 、舞台と客席の距離が ぐっと近づく瞬間だとおもっていた。

ある意味 生身の玉三郎さんを垣間見た衝撃。

オフが 、オフこそが「坂東玉三郎」なのだ。

身震いするほどの 美意識の結晶。
存在感。
その瞬間に到達するまでの気の遠くなるほどの時間が見えた。

深い。なんて深いんだ。

オンとオフ。

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posted by 浜崎直子 at 12:41| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月06日

大滝秀治さん。沁み出すもの。

やっと、秋っぽくなってきました。空気がだんだん澄んで来て 生き返ったよう。

360度サラウンドな蝉な蝉時雨が いつのまにか鈴虫?の大ストリングスが響き渡っています。

季節はフェイドイン、フェイドアウト。

変わり目って 曖昧なものだな。



名優 大滝秀治さんが御年87歳で 亡くなられた。風貌がどことなく父に似ていて勝手に親近感を持っていた。

大滝さんの笑顔は 頑固親父が時々見せる特別なあったかさ、のようで好きだった。

そしてあの訥々した感じの語り口調やお声も好きだった。

優しい、というより 温かい。温度、体温があるお声。

テレビで 生前の大滝さんをしのぶコーナーで 印象的なインタビューが映った。

俳優になったとき 『声』に不協和音の響きがあるから

役者に向いていない、と先輩の俳優 宇野重吉さんにいわれたこと。

『役者をやめる決断ができるのも役者らしい、というとだ』といったことを当時監督さんだか重要なポストの方に

言われて 『さすがに、それはこたえました』と語っていらした。


それを語る大滝さんの瞳に一瞬 怒りのような、傷のようなものがみえた。永い時間をかけても 消えないもの。

若い俳優だった当時の大滝さんにとっては 
「その想いをエネルギーにして、、、」なんて簡単には言えないくらいの出来事だったのだと思う。

そのあとのお話はながれなかったが どんなに大きな出来事だったのか、計り知れない。

でも その声 こそが 後々 CMのナレーションだろうがすぐに聞き手を引き込んでしまう力を

持っていたのだから人生は ほんとうに深いもの。


朗々と 滑らかなお声ではないけれど だからこそ内側から声に沁みだすモノと深く向き合い熟成されてきたのだろうか。


内側。それはどんな風だろう。

演技でも歌でも 踊りでも きっと何にでも沁みだしてくるもの。

いちいち、弁解も説明もできないもの。

怖いけれど それが 沁み出したもの、透けて見えるものが胸をうつのだ。きっと。


あーあ。。。えらいところに 足を踏み入れてしまったな。


だけど それを受け取ってもらえたとき、自分が 観客として感じ取れたとき、

生きててよかったな、なんて思うのだから そのアンテナを疎ましくなんて思ったらバチが当たる。

世の中のすべてのプロフェッショナルは こうやって 表には現れない、その人なりの 向き合い方で

仕事、自分の人生と向きあっていくんだろう。 

そしてそれに触れたとき ひとは感動するんだろう。。

あたしは まだまだひよっこ。がんばろう、っと。



いろんなことを 思いながら大滝さんを偲んでいた。


親族の方が 「最後まで次にやる舞台の台本を何本もベッドの中で抱えていました。」と語っていた。


享年87歳で 去年も舞台に立って壮絶な芝居をしてらしたことを知り 生で観たかった、、、とほんとうに

残念だ。


そして病に倒れてもなお最後の最後まで次の準備の『途中』でいらした心意気。胸が熱くなる。


さいごの芝居の相手は高倉健さんだったそうだ。『あなたへ』という映画。

かならず観にいこう、とおもう。
















posted by 浜崎直子 at 08:01| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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